薬物治療の個別最適化
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薬物治療の個別最適化
[入院患者]人生の最終段階にあるがん患者への疼痛コントロールでACPを実践した症例-西岡病院
本シリーズでは、薬物治療の個別最適化を行った事例を紹介していきます。
[入院患者]人生の最終段階にあるがん患者への疼痛コントロールでACPを実践した症例-西岡病院
今回の症例
胃がんのため在宅療養中の80歳代・女性が、疼痛と倦怠感の増強により入院してきました。持続痛に対するフェンタニルクエン酸塩1日用テープと突出痛に対するフェンタニルクエン酸塩舌下錠の投与により疼痛が軽減してきた頃、患者さんより「家に帰りたい」、家族より「帰れるうちに家で対応してあげたい」との言葉がありました。
処 方)
Rp 1 | フェンタニルクエン酸塩1日用テープ1 mg | 1回1枚(1日1枚) |
---|---|---|
1日1回 7日分 | ||
Rp 2 | フェンタニルクエン酸塩舌下錠100 μg | 1回1錠 |
疼痛時 5回分 |
病状の悪化や大幅な身体機能低下のあった時がACP(advance care planning)を行う目安です。この時点のチームカンファレンスでは患者さんと家族の想いを共有し、薬剤師は退院を見据えた疼痛コントロールを担うことになりました。
退院前には家族に服薬指導を行い麻薬性鎮痛薬への不安を取り除き、製剤見本を用いた貼付方法を練習、テープが剝がれたときの対応方法や突出痛時のレスキュー薬の使用方法、便秘薬の調節方法などを指導しました。
しかしながら、退院1週間後に疼痛や腹部不快感が増強してきたため、再入院となりました。
薬剤師が解決したプロブレム
# フェンタニルテープによる眠気・健忘
フェンタニルクエン酸塩1日用テープを2 mgに増量したところ、薬剤管理指導の際に患者さんより「すごく眠たい。前に何を話したのか分からなくなる。」という訴えがありました。最期の時まで家族との会話を大切にしたい患者さんの想いを実現するため、副作用の改善を目的としたオピオイドスイッチング、かつ細やかな用量調節が可能な持続皮下投与への切り替えを医師に提案し採択されました。
変更後処方)
モルヒネ塩酸塩注射液10 mg(1 mL) | 2 A |
生理食塩液注 | 10 mL |
1時間当たり0.5 mL持続皮下投与 |
フェンタニルクエン酸塩テープは剝離後も薬効がしばらく持続するため、持続皮下投与は剝離後に時間をおいてから開始し、徐々に増量しなければなりません。また、フェンタニルクエン酸塩1日用テープ2 mgは経口モルヒネ60 mgと等力価であり、持続皮下投与は経口1日投与量の1/2〜1/3量が目安とされています。
そのため、今回の症例では、フェンタニルクエン酸塩1日用テープ2 mgからモルヒネ塩酸塩注射液20 mgに切り替え、テープ剝離の12時間後に少量から持続皮下投与を開始し、漸増しました。
その後は痛みや不快感の訴えはほとんどなく経過しましたが、徐々に意識状態は低下。少しは会話できる状態で推移したのち、3週間後に永眠されました。
今回の薬歴
# フェンタニルテープによる眠気・健忘
- S:すごく眠たい。前に何を話したのか分からなくなる。
- O:フェンタニルクエン酸塩テープ1日用1→2 mgに増量。腎機能中等度。内服困難。
- A:フェンタニルの増量により疼痛コントロールは良好であるが、副作用の眠気が増強している。家族との会話を大切にしたい意向あり。
- P:等力価換算でモルヒネ塩酸塩へのオピオイドスイッチングと持続皮下投与への変更を処方提案した。腎機能低下による副作用(鎮静や呼吸抑制)の発現に注意する。
実務実習生の疑問に答える
Q1 ACPとは何ですか?
ACP(advance care planning)とは、万が一のときに備えて、患者さんが大切にしていることや望み、どのような医療やケアを望んでいるかについて、患者さん自身で考えたり、患者さんが信頼する人たちと話し合ったりすることをいいます。
医療の価値観は「病気を治したい」であり患者さんと医療者で一致しやすいのですが、ケアの価値観はさまざまです。ケアの比重が高まる人生の最終段階では、患者さんの薬物療法に対する考え方や価値観が医療者と異なることは珍しくありません。
Q2 薬剤師はACPで何ができるのですか?
ACPはまだ薬剤師に深く浸透しているとは言い難いですが、話し合う内容には「治療や療養に関する意向や選好、その提供体制」が含まれ、薬剤師が主翼を担う薬物療法が大いに関係します。
このような緩和ケアへのかかわりは、多くの薬剤師が日常的に行っていますが、患者さんや家族の想い・意向を把握しながら、効果的で安全な薬物療法を実践していくことが大切です。薬学的視点を生かしたACPは決して特別なことではありません。薬剤師だからこそ拾い上げることができる患者さんの想いがあるはずです。
Q3 今回の処方薬の用量調整で注意することは何ですか?
フェンタニルクエン酸塩1日用テープは血中濃度が徐々に上昇するため、速効性は期待できず、少なくとも2日間は増量を行わないようにします。
また、フェンタニルクエン酸塩舌下錠は効果発現の速いROO(rapid onset opioids)製剤で、肝初回通過効果を回避するため、舌下投与を行います。突出痛への投与量は持続痛に用いるオピオイド投与量との間に相関性がないため、患者さんごとに最適な投与量の検討が必要です。
社会医療法人恵和会法人事務局・西岡病院薬局。日本医療薬学会 医療薬学専門薬剤師、日本化学療法学会 抗菌化学療法認定薬剤師、日本臨床栄養代謝学会 NST専門療法士、認定実務実習指導薬剤師。
西岡病院は病床数98床のケアミックス型病院で、急性期から慢性期医療、在宅医療まで幅広く提供している。薬局では調剤業務を基盤にしながら、「専門性を兼ね備えたジェネラリスト」を目指して、プロトコールに基づく薬物治療管理(PBPM)やチーム医療、訪問薬剤管理指導など、臨床薬剤業務を実践している。
病院紹介はこちら
http://www.nishioka-hosp.jp
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